フェルガナ ローラとの出会い
2013年 12月 20日
明日はもうタシケントへ飛行機で帰らなければいけない。
ホテルアジアで値段を聞いてみた。
フェルガナで一番立派なホテルである。35$というので ま、いいか、シャワーもあびたいし
気持ちのいいホテルでリラックスしたいので泊まることにした。
手入れされた広い中庭、これでもかというくらいビッグなベッド。うわ~、気持ちいい!
ウズで泊まった一番きれいなホテルだった。もちろん夜はバスタブでしっかりくつろいだ。
近くを歩いて見る。フェルガナは他の都市に比べ街路樹が立派だ。
広い道に大きな建物。
日は暮れてくるし、人は歩いていないし、食堂は見つからないし。
向こうから歩いて来た女性に、
ホテルアジアに泊まっているけど、ホテルで食べるのは高いから食堂を探してると
言ったら 「うちに来ない、ピロシキくらいしかないけど」と言われ、ついていった。
入るのにちょっと不安だった。が、家の中は外観と違い気持ちのいいリビング。
彼女の名前はローラ、名字はキム。ロシア系韓国人らしい。英語を話すので助かった。
ロシア料理が好きなので、ごちそうしてもらったピロシキと煮込みがすご~く美味しかった。
ごちそうになって帰り際、ローラに3$渡したら要らないと言われたので
明日空港に行く前にお礼に来るからと言っておいとました。
いい人に会えて良かった。バスタブにつかりながらローラとの会話を思い出していた。
ロシアにいる親戚や兄弟と会えないのが一番の問題のようである。
戦争は庶民の暮らしを翻弄する。旅をして学ぶことが多い。
「スターリン体制下の1937年8、9月二度に渡る政府・共産党決定により、朝鮮人の
強制移住が命じられた。ソ連政府は日ソ関係が緊張する中で朝鮮人がスパイとなることを
疑ったのである。この結果、全部で17,2万人(カザフスタンへ9,5万人、ウズベキスタンへ
7,7万人)が追放された。
強制移住後、朝鮮人は極東への帰還を禁じられただけでなく、居住地を移住先の地区に
限定された。」中央アジアを知るための60章明石書店
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物価がまだ安いのですね。
食堂を訪ねたら家に来ない?と言われるのも普通はないと思うけど、
カフカフカさんの旅だと良くあることですね♪
人柄というか見た目も人懐こい安心感を与えるのでしょうね☆
お礼の$3は、どのような判断で決めたのですか?
タシケントと違ってホテルの値段は安いですが後日談あり。
物価を考え5$だと高いし、手づくりだし、というので3$にしたのですが
ローラは受け取らなくて。その時は何もお礼にできるようなものを
持っていなかったので翌朝持っていきました。
外観だけだとちょっと躊躇しましたが向こうから提案してきたのでは
ないのでお邪魔しました。